下の図は物を掴みに行く運動をビデオで撮影して,親指の爪の位置をコマ送りで記録したものです.○の間隔が狭いところは手がゆっくり動いていて,広いところは早く動いているところです.
この手の動きの速度を見てみると(左側),最初は止まっているので速度はゼロです.そこから動き始めて,最大速度になって掴む時には速度がゼロになります.もし,ゼロにならなければぶつかってしまいます.つまり,動き出しの前半でアクセルを踏み(右側の青い部分),どこかでアクセルを離しブレーキを踏んでいるのです(右側の赤い部分).
つまり,適度に加速し,タイミングを見計らって,ブレーキをかけているのです.私たちが,コップを掴むのも同じことです.みなさんが最初に与えられたコップは,ガラスのコップではなかったはずです.赤ちゃんは,このアクセルとブレーキの使い方がまだうまくできないので,コップにぶつかってしまい,コップを倒してしまうのです.だからご両親は,プラスチック,しかも飲み口がついたようなコップを与え,コップを倒しても中身がこぼれないようにしたのです.さらに,実はもっと複雑なこともしています.下の図をご覧ください.上半分は,眼の働きです.コーヒーカップを掴むところを想像して見てください.まずコーヒーカップがどこにあるかを確認すること(視覚位置)が必要ですね.そして,取っ手の大きさ(サイズの認知)とその取っ手がどこを向いているか(方向の認知)も知らなければなりません.仮に取っ手が右を向いていれば右手で掴もうとするでしょうし,左を向いてたら左手で掴もうとするでしょう.それが下半分の図です.とりあえず,手をさっとコーヒーカップの近くまで動かし(初期制御運動),指の開き具合を取っ手の大きさに合わせて(指の調整),微妙に手を取っ手の向きに合わせて(手の回転)コーヒーカップをつかんでいるのです.普段何気なく行っている運動も,大変複雑なことをやっているのがお分かりいただけるでしょう.なので,スポーツの技能(サッカーのキックとか野球のバッティングなど)がなかなか身につかないのも当然です.私たちは小さい頃長い時間をかけて,こうした運動技能を身につけてきたのです.