私たちの運動は,ちょっとした意図や環境,条件の違いでまったく異なる運動になります.下の図は,物をつかむか,指さすかという意図の違いによって,どう運動が異なるかを表したものです.赤が物をつかみに行く場合の手の速度の変化を示したもので,青が指差しに行く場合の速度の変化を示したものです.前にも示しましたように,物をつかむ場合には,つかむ時には速度はほぼゼロにならなければつかむことはできません.しかしながら,指さす場合には速度はゼロにはなりません.ペットボトルの蓋をつかむ場合と指さす場合を試してみてください.その違いがわかるでしょう.こうした意図の違いによる運動の違いは,課題の制約と呼ばれています.

Martenuik et al, Constraints on human arm movement trajectories (1987) より

次は,環境による違いです.下の図をご覧ください.上半分はサッカー初心者で,下半分はサッカー選手です.それぞれ上の図は,3人でパスを回す三角パスを行なっている時の,左側からボールが来て右側の相手にパスを出しているところです.横軸は時間で,ボールを受けた時点がゼロ,ボールを出した時点が右側の人が書いてあるところです.下のサッカー選手の方が初心者よりもボールをもらってからパスを出すまでの時間が短いことがわかりますね.ボールを受ける時の身体の向きにも注目してみてください.初心者はボールが来る方向を向いてボールを受けているのに対して,サッカー選手は三角形の真ん中を向いて受けているのがわかりますね.身体を回すのにも初心者の方が時間がかかっているのでしょう.次にそれぞれの図の下側をみてください.これは3人でパスを回しているのですが,三角形の中に一人の守備者が入り,ボールを奪おうとしています.いわゆる3対1という課題です.そうすると,初心者もサッカー選手も,守備者がいない三角パスを行っている時よりも短い時間でボールを離しているのがわかりますね.驚くべきことに,初心者でもサッカー選手と同じぐらいのタイミングでボールを離しています.身体の向きは大きくは変わっていませんが,若干体の回転が小さくなっているように見えます.つまり,運動自体は,左からきたボールを右側の相手にパスするという同じことを行なっているにも関わらず,守備者がいるかいないかで全くといっていいほど運動が異なっているのです.これは環境が変わったとも言え,環境の制約と呼ばれています.

中山ほか,サッカーのパス技能と練習課題の制約との関連(2007) より

同じ練習を行う場合でも,ちょっとした意図や環境,課題の違いによって,そこで生じる運動は違った形になって行われるのです.例えば,テニスのサービス練習では,多くの人がサービスだけで終わっていますよね.でも試合では,サービスを打って入ったならば,相手がリターンを返してきて,それを打ち返さなければいけません.つまり,サービスを打った後にどれだけ早く次の打球のための準備動作を行うかが重要になってくるのです.したがって,サービスだけを練習するのではなく,サービス後に例えば少し移動してバックハンドストロークの素振りを入れるといったことを心がけるとより実践的なサービス練習になるでしょう.みなさんも色々と実践を意識して工夫することが,上達の近道です.