運動の制御様式には,外界の情報を取り込みながら制御する閉回路制御と,外界の情報は運動する前にだけ取り込み,運動中はその窓を閉ざして運動を制御する開回路制御の2つがあることをお話ししてきました(#5).もちろん,完全にどちらかだけの制御で運動を行うということは少なく,意識するにせよ意識的ではないにしろ,2つの制御方式が一つの運動の中でも使い分けられています.

さて,我々は比較的長期にわたる学習や練習によって身につけた運動技能を運動スキルと呼んでいます.コップをつかむという運動も長い間かけて身につけてきましたし,歩くことだってそうですね.寝返りから始まり,ズリバイ(タカバイ),お座り,ハイハイ,つかまり立ちなどを経てようやく歩けるようになりましたよね.赤ちゃんを見ていると,一日中これらの練習をしているのがよくわかると思います.我々は発達の中で様々な運動スキルを身につけてきました.さて,運制制御の様式の違いによって,運動技能(スキル)は大きく2つに分類することができます.下の図を見てください.一つは開回路制御に支えられた技能で閉鎖技能(クローズドスキル)と呼ばれています.もう一つは閉回路制御に支えられた開放技能(オープンスキル)です.

スポーツスキルは,本当は完全にこの分類に従うわけではないのですが,大まかな分類でいうと,例えば,陸上競技,水泳,ウエイトリフティングや射撃などは閉鎖技能に分類されます.そして,サッカー,野球,テニスやボクシングなどは開放技能に分類されます.要は,相手と駆け引きをしながら行う競技とそうでない競技という感じです.というのも,陸上のマラソンにしろ100m走にしろ,相手との駆け引きはもちろんあります.下の図をご覧ください.ウサイン・ボルト選手が世界新記録を出した時には,タイソン・ゲイ選手と並走していたのです.そして,二人の足の運びが一致していたかどうかを見たものです.何ヶ所か2〜4歩の間,二人の着地のタイミングが合っていますね.これは,ボルト選手が,自分よりもピッチの早いゲイ選手のピッチに合ってしまった結果ではないかと考えられ,少しピッチが普段よりも上がることで世界新記録が樹立できたのではないかということです.このように,100m走においても駆け引きがあるので,閉鎖技能とは言い切れません.しかしながら,サッカーで相手ディフェンダーを抜くフェイントなどは,まさに駆け引きの連続なので,相手の動きや味方の動きという外界の情報なしには運動が成り立ちません.したがって,こうした技能は開放技能と呼ばれているのです.

M. Varlet & M. J. Richardson (2015) Journal of Experimental Psychology: Human Perception & Performance より

したがって,この閉鎖技能と開放技能では,練習方法も当然違ってきます.閉鎖技能では開回路制御なので運動を始める前に外界の情報を取り込み,しっかりプランを立て運動プログラムを作成して,そのプログラム通り実行することが求められます.したがって,どういったプランで行くか,また作成し運動プログラムがどれほど精緻化され,思い通りに実行できるかが重要になります.野球でもバッティングのスイングは閉鎖技能に近いので,素振りという練習方法も重要になってきます.こういうスイングをしようと思ってその通りのスイングができなければ良い結果は生まれませんから.つまり,反復練習は必須です.他方,開放技能の場合には,常に相手がいます.したがって,相手の動きなどに関する情報をどうやって取り入れて,それに応じてどう動くかを常に更新しながら運動することが重要となります.もちろんここでも思うように動くためには反復練習が必須ですが,少なくとも相手を想定した中での練習ということになります.確かに,剣道の面打ちだけをやることも大切でしょうが,いつどういった態勢で打ちに行くかということがより重要になってくるのです.そのためには,相手からの情報を取り入れつつ自らの動きを決めて動くという練習は欠かせません.面打ちの美しさを競う競技ではないので.