運動の制御が複雑な処理を経て行われているのはこれまで述べてきた通りです.こうした複雑な処理をする中で,スポーツでは速さと正確性の両方が求められることが多いことはわかっていただけるでしょう.例えば野球のピッチャーの場合,いくら150km/hのボールが投げられても,ストライクが取れないピッチャーは試合では使ってもらえないでしょう.逆に,いくらコントロールが良くても,90km/hの速球しかないピッチャーも苦しいですね.やはり,120km/hぐらいの速球を投げることができ,コントロールも良いピッチャーが良いですね.つまり,速さと正確性が両立しないといけないのです.では,この2つは両立できるのでしょうか.下の図を見てください.これは1950年代にFittsという人が開発したもので,Fittsの課題と呼ばれています.中央の丸からスタートして左右のグレーのターゲットの範囲内タッチし,できるだけ正確に早く繰り返していくというものです.上の図と下の図ではどちらが早くできるでしょうか.下のターゲットの幅が広い方が早くできそうですね.ターゲットの中央間の距離は同じなので,運動する距離は同じなのですが,ターゲットの幅だけが異なるというものです.ターゲットの幅が狭い場合には,どうしても慎重になるために動きが遅くなりそうですね.

上の図には,D, W, IDという記号が書かれていますが,Dは2つのターゲットの間の距離,Wはターゲットの幅,IDは課題の困難度(Index of Difficulty)です.そして,この課題の困難度と運動時間にはある規則があることをFittsは発見しました.下の図は1954年のFittsの行なった実験結果を示したものです.左の図は,横軸に2D/W,つまりターゲットの幅とターゲット間の距離の比を取り,縦軸はそれぞれの条件の時にかかった時間です.2D/Wが小さいということはターゲット間距離に対してターゲットの幅が大きいということ,逆に2D/Wが大きいことはターゲット間の距離に対してターゲットん幅が小さいということです.つまり横軸は,左に行けばいくほど簡単で,右に行けばいくほど難しくなるということです.簡単な時は早く運動をすることができ,難しくなっていくと徐々に動きが遅くなっていくのですが,徐々に頭打ちになっていくのがわかります.右の図は横軸を対数に変更したものです.すると,直線になります.これは,徐々に頭打ちになっていくのに規則性がある(これは人間の情報量と関係しているのですが,ここでは割愛します)ということです.また,赤い点と線は1オンス(28.35g)のペンで行なった場合で,青い点と線は1ポンド(453.59g)のペンで行なった場合ですが,重さが変わってもほとんど結果は変わらないということです.

P. M. Fitts, The information capacity of the human motor system in controlling the amplitude of movement, Journal of Experimental Psychology, 1954 より

この結果は,ヒトが運動を行なう際には,速さと正確性の両立は難しいことを示しています.しかし,冒頭に述べたように,スポーツの場面ではこの両立が要求されるのです.したがって,この両立を目指していくのが,スポーツの練習であると言えます.どちらを優先すべきかは議論のあるところですが,私の個人的な意見では,まずは速さを優先すべきではないかと考えています.大きな筋を素早く動かすことはできるだけ小さい頃からやっておくべきでしょう.大人になるにしたがって,関節の可動域が狭くなったりして大きな動きをすると怪我に繋がりやすいのです.だから,子どもには,あまり正確性を強調しすぎると,大きな早い動きができなくなってしますので,うまくいかなくてものびのびした動きができていればよしとすべきだと考えます.