どういった練習をすればうまくなるのでしょうか.練習方法について考えてみましょう.運動指導の現場では,反復練習が重要だと言われています.確かに反復練習は重要ですが,その方法を見直してみましょう.運動学習では,般化運動プログラムとスキーマの獲得が重要だとお話ししました.そしてスキーマを獲得すれば,般化運動プログラムに様々なパラメータを与えることで様々な運動ができると考えられます.ではどういったスキーマを獲得すれば様々な運動ができるのでしょうか.ここでまず注目するのは練習の変動性です.下の図を見てください.練習の変動性とは,般化運動プログラムに与えるパラメータの幅です.例えば小さな力大きな力まで様々な力のことで,ボール投げだと近い距離をゆっくり投げるから,一番遠くまで思いっきりの力投げるといったことです.左の図では横軸の丸の範囲が広いので,スキーマに相当する点線が長く引かれています.他方,右の図では丸の範囲が狭く点線も短くなっています.すると,縦軸にある「今の目標値」に対応する「今与えるパラメータ」を探すときに,左側だと線に沿って求めることができるのですが,右側では線のないところのため,正確に求めることができないと考えるのです.これは,投げたことのない距離にはどのくらいの力を入れたらよいかはっきりわからないことを意味し,結果として正確に投げられないということが起きるのです.したがって,練習には変動性,つまり,いろいろなパラメータを与えること,言いかえれば,いろんな力を出したり,いろいろな大きさの動きをしてみることが大切だということです.例えば,テニスなどのようにコートがある競技では,コート外にボールを打つとアウトになり失点してしまうので,コート内に入れようという練習がほとんどだと思います.でもこれでは,ベースラインぎりぎりを狙ったショットはなかなか身に付きません.たまにはコート内に入れたら負け,アウトした方が勝ちとか,野球場でやるとかといった練習も必要になってくるのではないでしょうか.

次に,変動性の与え方についても考えてみましょう.例えば,野球の練習やバレーボールの練習では,最初は近い距離からキャッチボールやパスを行い,徐々に距離を伸ばし,野球ならば遠投までやって,最後にまた近距離でやって終わるといったように,確かに変動性は与えています.しかしながら,実際の試合の場面を考えてみましょう.内野手にしろ外野手にしろ送球する距離は毎回異なります.バレーボールのパスでも毎回その距離や体勢は異なります.このように,毎回異なる距離にボールを投げたり,パスをするのが実際の試合の中で求められることです.つまり,毎回微妙なパラメータの調整が要求されているのです.ではその微妙なパラメータの調整を可能にするためには,変動性だけでは足りず,その変動性の与え方が重要になってくるのです.下の2つの動画を見てください.上がブロック練習,下がランダム練習と呼ばれる練習方法で,どちらも3か所から3本ずつシュート練習をしています.違うのは,ブロック練習では同じ場所から3本ずつ計9本,ランダム練習では毎回異なる場所からシュートを打ち,同じ3か所から3本ずつの計9本打っています.さてどちらが上手くなるでしょうか.

ブロック練習
ランダム練習

下の図を見てください.緑がブロック練習群,赤がランダム練習群です.縦軸にはシュートミスの割合を示してあります.ブロック群は早く上手くなっていますが,赤のランダム群も最後にはブロック群の成績に追いついています.そして右側の保持テストというところ見てください.10分後,10日後に同じテストをしたときの成績です.そして「ランダム―ブロック」と書いてあるのは,ランダム練習を行って,ブロック群と同じやり方でテストをしたということです.すると,一つだけ成績が極端に悪いグループがあります.それが「ブロック―ランダム」です.これは毎回同じ場所から3本ずつシュートを打つブロック練習を行って,テストはランダム練習と同じように毎回異なるところからシュートを打ったことを意味します.では試合ではどうでしょうか.毎回同じ場所から続けてシュートを打つ場面はどのくらいあるでしょうか.リバウンドボールがたまたま自分がシュートを打った場所にでも跳ね返ってこない限り,同じ場所から続けてシュートをすることはまずないでしょう.つまり,試合のことを考えると,同じ場所からシュートを繰り返す反復練習よりも,毎回異なる場所からシュートを打つ反復練習の方が試合ではうまくいくことが期待できます.

J. B. Shea & R. L. Morgan (1979) Contextual interference effects on the acquisition, retention, and transfer of a motor skill, Journal of Experimental Psychology: Human Learning and Memory より

こうした練習方法の違いによる上達の違いは,文脈干渉効果と呼ばれる記憶の理論から説明されてきました.つまり物事を覚えるのに,同じことを反復して覚えるよりも,毎回異なることを覚える方が,覚えるまでの時間はかかりますが,覚えてしまえば長い間覚えておくことができるというわけです.それは,毎回新しいことを覚えようとすると,それなりの努力が必要です.しかしながら,同じことを繰り返し覚えるのは楽で簡単なので,かえってすぐ忘れてしまうということです.英単語の学習でも当てはまるかもしれませんね.要は,実際の場面でどのように記憶から引き出すかが問われているということです.ましてや,運動技能のように,毎回微調整が必要な課題の場合には,その調整力こそが問われているといえるのではないでしょうか.時間がかかってもいろいろ試しながら反復練習をするのが良いといえます.「反復練習=同じことの繰り返し」ではないということです.今は世界チャンピオンになった,井上尚弥選手は幼いころから父親のミット打ちの練習で,このランダム練習を行っていたそうです.