我々は,他人のモノマネから学習することが基本です.子どもの頃から,親のしぐさや動きをみて,いろいろな運動(言葉もそうです)を学んできました.こうした学習過程は,観察学習と呼ばれ,バンデュラが社会的学習理論として提唱しています(「人間行動の形成と自己制御-新しい社会的学習理論-」1971,訳本1974).それが下の図です.示範事象というのが,モデルとなる他者の行動です.そして以下のある4つの過程を経て,モデルの行動を模倣し,モデルの行動と一致する反応を遂行するというものです.この理論の背景には,当時アメリカではテレビなどで暴力をふるう場面や殺人などを扱った映画などが数多く流され,その影響で社会にも暴力や殺人が数多くみられていたことを説明するのに用いられてきたという事情があります.下の図の左にある注意過程という中に,モデリング刺激というのが書かれていて,際立った特徴,感情的誘意性というのがあります.つまり,真似たいと思う強いあこがれのようなものがあればあるほど,こうした模倣は生じやすいのです.例えば,日本代表のサッカー選手のシューズや,有名プロテニスプレーヤーのラケットが欲しくなるのと同じですね.日本代表選手のシューズをはいたからといって,また有名テニスプレーヤーのラケットを使ったからといってその選手と同じことはできないのですが,できるような気がするということですね.そういう意味では,スポーツの場合には決して悪いことではないのですが,シューズやラケットという道具が同じでも,できないのはそのシューズやラケットのせいであると考えるのは良くありませんね.トップの選手はそれに匹敵する練習や努力をしているわけですから,道具は魔法の杖ではありません.

A. バンデュラ(編)原野・福島(訳)モデリングの心理学,金子書房,1975より

とにかく,他人,しかも上手な人のプレーをまねることは悪いことではありません.理想の動きなどのイメージをつかめるということで,うまくなるためには大切な手掛かりの一つです.最近ではYoutubeなどで,トップ選手の動きがいつでも見れたりするのはありがたいことですね.では,何をどのようにまねればいいのでしょうか.運動の技能で難しいのは動きという外から見える形だけでなく,その動きの中で力を発揮するタイミングです.しかしながら,この力は外から見ているだけではなかなか読み取ることができない情報でもあります.したがって,運動技能の場合には,上の図にある運動再生過程が重要になってきます.やはり真似をしながらも実際にやってみないと,上手くいくかどうかもわかりません.

下の図は,ヌマウタスズメという歌を歌う鳥の学習過程を示したものです.一番上の段は生後252日目の様子です.そして一番最後の段が,316日目の完成された親鳥と同じ歌です.生後252日目までは,まったく歌わずにただひたすら親鳥の歌を聞いているのです.そして,歌い始めのところでは,完成した歌では全く使われない音域が使われています.この過程を過剰産出といいます.その後,部分的に親の歌と似た部分が見られるようになり(260日目),徐々に洗練化されて完成に近づいた歌が歌われています(279日目).つまり,ひたすら聞く,そして過剰産出を行いながら,モデルとの照合(パターンマッチング)を行いながら,徐々に洗練化していくという過程が必要なのです.特に,大人になってから新しい運動を覚えようとすると,失敗するのが不安で(ケガや格好悪いという理由でか),なかなかこの過剰産出ができません.テニスの初心者などが,ボールを打つのではなく当てに行くのも過剰産出ができていない例です.よく見て,自分で実際にいろいろ試してみながら,モデルとの違いを埋めていくのが見よう見まね学習のポイントとなりそうです.

渡辺・杉山,比較認知科学と運動学習,Japanese Journal of Sports Science,1996より