ここでは,二者で競合する(競い合う)スポーツの場合には,どういった規則性が見られるのかを検討しています.特に,二者が自由に動き回ることができながら,相手と競うタグ取り鬼ごっこと剣道を題材に検討しています.
「競創」される負けない戦略と距離「勘」
ボクシングや剣道などの格闘技では,お互いに攻め手を欠いて,試合が長引くことがあります.これはどうしてでしょうか.その謎に迫るために,私たちは,タグラグビーのタグを腰につけて,そのタグをお互いに取り合うスポーツを考え,普段はサッカーをやっている大学生10名,5ペアに協力してもらい,同じ相手と10回対戦していく中で,何がどのように変化するのかをみていきました.下の動画がその時の様子です.
まず,試合開始の合図とともに二人は近づき,お互いとの距離を詰めたり離れたりしながら,相手のタグを取ろうと伺います.二人が頭につけた反射マーカーから,二人の動きを分析しました.下の図のAとBはその時に二人の距離(二者間距離)の時間変化を示したものです.準備相というのはまず二人が近づいているところで,協調相というのはその後二人で詰め引きを行っているところです.この準備相と協調相の時間を各試行ごとに平均したものが下の図のCです.準備相の時間は試行を重ねても変化がないのですが,協調相の持続時間はだんだん長くなっているのがわかるでしょう.
ではなぜ試合時間が長くなるのでしょうか.それを知るために,相手に対して前に出ているか,後ろに下がっているかを計算して,その前方あるいは後方への移動速度を求めました.そして,二人の前後への動きから同期の程度を位相差(相対位相)と呼ばれる方法で解析しました.二人が同時に前に出ている,あるいは同時に下がっているのというように同じ動きをしている場合を同相同期と呼び,一人が前に,他方が後ろへと異なる動きをしている場合を逆相同期と呼びます.この同相同期と逆相同期に間を10個に分割して,どういった同期の仕方が多くなっているかを調べてみました.下の図のAは各ペアでもっと早く勝負がついた試行を,Bは最も長かった試行における同期の程度を示したものです.勝負が早く着いた試行では,同期の程度に5ペアに共通する特徴は見受けられません.しかしながら,最も長かった試行ではすべてのペアにおいて逆相同期が最も多く,同相同期にいくにつれてその頻度は減っています.つまり,試合時間が長い場合には,お互いに詰めたら引く,引いたら詰めるというような両者が前後逆方向の動きをしていることがわかります.これが,逆に言うと試合時間を長引かせる,いわゆる膠着状態を生む原因と考えられます.
ではなぜこうした逆相同期が生じ,膠着状態が起きるのでしょうか.それはお互いに負けない戦略を取ったためと考えられます.最初の頃は,相手のタグを取りに行くことばかり考え,取りに行くと逆に相手に自分のタグを取られてしまうのです.つまり,接近戦では,相手のタグを取れる可能性も高くなりますが,逆に自分のタグを取られる危険性も高まるのです.それが試行を重ねるにつれて距離「勘」を学習していき,だんだんと自分のタグがとられる危険性を低くするような,つまり負けない戦略を取った結果であると考えられます.ボクシングや,柔道などでも試合時間が長くなるのは,お互いに負けたくないという気持ちの表れでしょう.
(出典)Akifumi Kijima, Koji Kadota, Keiko Yokoyama, Motoki Okumura, Hiroo Suzuki, Richard C. Schmidt, & Yuji Yamamoto, Switching dynamics in an interpersonal competition brings about `deadlock’ synchronization of players, PLoS ONE, 7, e47911, 2011.
剣豪が繰り広げる10cm単位の間合いの駆け引き
では今度は実際の剣道の熟達者が二者間の間合いをどう調整しているかを見ていきます.そのために大学日本一のチームでいつも試合に出ている,つまり日本で最も強いであろう大学剣道選手6名に協力してもらい,実際の試合の様子を撮影しました.モーションキャプチャカメラで撮影するために選手には,下の図Aのようにマーカーをつけてもらい,袴は履かずにやってもらいました.Bが実際の試合を行っているところです.
タグ鬼ごっこと同じように,二者の頭の間の距離を二者間距離としました.下の図Aが全部で12試合の試合中の二者間距離を10センチ刻みでその頻度を求めたものです.図からは2つの山があることがわかります.左の山は二者間距離は1m以内の近い間合いで,いわゆる「つばぜり合い」と呼ばれる距離です.右の山は2.7mぐらいの距離で,いわゆる「一足一刀」の距離と呼ばれる距離です.縦の赤い点線は,試合後にどの程度の距離からなら打ち込めそうかということを測定したときの平均です.すると2.65mと,右の山よりもわずかに近いところでした.言いかえれば,試合中は打ち込めると思うところよりもわずかに離れた間合いで戦っているようです.また,黒い点線が頻度ゼロなので,この二つの山の前後はほとんどないことがわかります.前後に動く詰め引きの動きを分析し,二者間距離を30cmごとに二者がどのように詰め引きを行っているかを見たのが下の図のBです.0.6mから2.7mまでの間は片方が詰めたら他方が引くという,いわゆる逆相同期になっていました.そして,3.0m以上の二者間距離では互いに詰めるとという同相同期でした.そして,2.7mから3.0mの30cmではどちらとも言えませんでした.そこでこの2.7mから3.0mを10cmごとに見たのがCです.すると驚くことに,2.7mから2.8mでは逆相同期,2.8mから2.9mではどちらともいえず,2.9mから3.0mでは同相同期と,10cmの距離で振る舞いが異なっていたのです.相手との距離が2.7m以上のところで,わずか10cmの違いを感知し,それに応じて動きを切り替える,これこそが剣道熟達者の恐るべき能力です.
(出典)Motoki Okumura, Akifumi Kijima, Koji Kadota, Keiko Yokoyama, Hiroo Suzuki, & Yuji Yamamoto, A critical interpersonal distance switches between two coordination modes in kendo matches, PLoS ONE, 7, e51877, 2011.
熟練者と非熟練者の攻防の小さくて大きな違い
では,この熟練者とその一歩手前の中級者との違いは何でしょうか.それを探るために,同じチームの控え選手6名(これを非熟練者と呼んでおきます)にも協力してもらい,熟練者と同じように非熟練者同士で試合をしてもらいました.まず,試合中における二者間距離の分布を見たのが下の図です.ここでもまずは10cm刻みで集計しましたが,その後大きく3つ,0.7-1.3mを近い間合い,1.3-2.2mを中間の間合い,2.2-3.5mを遠い間合いとしました.すると熟練者と非熟練者で大きく異なったのは,遠い間合いでの頻度でした.熟練者の方が非熟練者に比べ,遠い間合いの頻度が多かったのです.また,熟練者は3つのすべての間合いで頻度に差が見られたのに対し,非熟練者では遠い間合いと近い間合いの頻度の間にのみ差が見られました.
次に動きに着目しました.そのために二者間距離の時間変化から,ピーク(山)とバレー(谷)をみました.ピークは二者間距離が詰まり始める瞬間,バレーは二者間距離が離れる瞬間を表します.
したがって,ピークやバレーの数が多いということは詰め引きを多く行っていることになります.下の図は二者間距離別に,このピークとバレーの数を示したものです.データは1秒間に100回(100Hz)で計測してますが,ピークやバレーはその1/100秒で検出していますので,その頻度は低くなっています.例えば,5分間(300秒)の試合なので,2.7m付近で0.10というのは,試合全体を通して30秒間,2.7m~2.8mの10cmの二者間距離で攻防が見られた中で,30回のピークとバレーがそれぞれ見られたということになります.つまり1秒に1回は,詰める動きや引く動きが見られたということになります.まずピーク(詰め始めるところ)を見てみると(AとB),近い間合いでは非熟練者の方が詰める動きが多くなっていて,遠い間合いでは熟練者の方が多くなっています.またバレー(離れ始めるところ)を見てみると(CとD),中間の間合い,遠い間合いとも熟練者の方が離れる動きが多くなっています.つまり,熟練者は非熟練者と比較して,遠い間合いで数多くの詰め引きを繰り返し,特に引く(離れる)動作が多いことがわかります.これは,打突の危険を察知して,相手から距離を取る動作だと思われ,熟練者の危機察知能力の高さと,それを可能にする動きが読み取れます.そして,打突を始める距離は,熟練者は非熟練者の間にほとんど差はなかったが,打突にかかる時間は熟練者のほうが非熟練者よりも短かったです.
試合中の二者間距離の頻度分布から,熟練者も非熟練者も二者間距離の知覚の精度はすばらしく,両者にはほとんど差がないように思われます.しかしながら,ピークバレーの頻度分布から,小さな違いに見えますが,熟練者はそれと共に二者間距離の変化に常に素早く対応し続けていたこと,特に危機察知能力とそれに伴う引く動きが素晴らしいことがわかります.この能力こそが熟練者と非熟練者の大きな違いを生み出しているものと思われます.
(出典)Motoki Okumura, Akifumi Kijima & Yuji Yamamoto, Perception of affordance for striking regulates interpersonal distance maneuvers of intermediate and expert players in kendo matches, Ecological Psychology, 29, 1-22, 2017.
剣道における二者間攻防の基本6パターン
ここでは,剣道における攻防のパターンを調べてみることにしました.複雑に見える剣道選手の攻防パターンですが,そのパターンが無数にあるとは考えられません.私たちの言語は,いくつかの単語をある規則によって組み合わせることによって,無限の会話ができます.もしかすると,剣道の攻防パターンにもこうした基本パターンがあるのではないかと考えました.そこで,二者間距離の時間変化に着目し,二人の攻防パターンを整理してみました.その方法が下の図です.Aは一試合の二者間距離の変化です.そして審判の待てなどで途切れた部分を取り除き(B),さらに一回の打突までの場面だけを切り出してきました(C).そして,詳しい説明は省略しますが,二者間距離のピーク(詰め始めるところ)に着目し,そのピークの時系列を取り出し,今のピーク(Xn)と次のピーク(Xn+1)を横軸と縦軸に取ったのがEの図で,リターンマップと呼ばれています.このリターンマップを使うことによって,複雑に見える連続時間変化から,どういったパターンかを見ることができます.
下の図は,理論的に考えられる6種類のリターンマップ(aからf)と,実際のデータをあてはめたもの(a’からf’),その動きを抽象的に示したものです(AからF).図aからdは,y = ax + b という直線の傾き a が異なる場合です.図aとbはアトラクタと呼ばれるもので,中心の点(アトラクタ)に漸近的に近づくあるいは回転しながら近づくものです.図cとdは中心の点から漸近的に離れる,あるいは回転しながら離れるものでリペラと呼ばれています.そして,図eとfはy = xの線に触れることなく,近づいて離れるというもので,logとexpの関数で表され,インターミッテンシーと呼ばれています.24試合の実際の試合のデータをあてはめたところ,346場面のうち84.1%にあたる291場面で,いずれかのパターンに合致しました.さらに一回の打突場面の中で複数のパターンが切り替わっている場面が全体の3割以上(121場面,35%)ありました.つまり,二者間攻防の基本パターンはわずか6個であり,これらのパターンの切り替えが複雑に見える無数の動きを生み出すと考えられます.
では,どういった状態に近づこうとしているのか,あるいは離れようとしているのでしょうか.分析の結果,下の図のように「遠い間合いでの素早い攻防」と,「近い間合いでのゆっくりした攻防」という2つの状態があることが分かりました.そして、この2つの状態が切り替わる確率(状態遷移確率)を求めたところ,熟練者は「遠い間合いでの素早い攻防」が多いに対し,非熟練者は「近い間合いでのゆっくりした攻防」が多いことが明らかになりました.図中の数字は遷移確率を表しています.例えば,熟練者では近い間合いを繰り返す確率が19%で,近い間合いから遠い間合いへ遷移する確率が81%.これに対し,非熟練者では近い間合いを反復する確率が69%で,遠い間合いへ遷移する確率は31%だということです.下段は,二次の遷移確率,つまり遠い間合い―遠い間合い―遠い間合いと遷移する確率などを示しています.
これは,熟練者は「遠い間合いでの素早い攻防」を好み,非熟練者は「遠い間合いでのゆっくりした攻防」を好むと言い換えられるでしょう.つまり,熟練者も,非熟練者も持っている攻防の基本パターンは同じなのですが,どういった攻防を好むか,その違いによって二者間攻防に見られる動きが異なるということです.
(出典)Yuji Yamamoto, Keiko Yokoyama, Motoki Okumura, Akifumi Kijima, Koji Kadota, & Kazutoshi Gohara, Joint action syntax in Japanese martial arts, PLoS ONE, 8, e72436, 2013.