テニス

テニスのような複雑に見える打動作には何らかの規則性があるのでしょうか?それを調べるために,フォアハンドストロークだけ,あるいはバックハンドストロークだけを繰り返し打つ場合(周期入力)と,フォアハンドストロークとバックハンドストロークをランダムに切り替えながら打つ場合(切替入力)の身体(肩と腰)の回旋動作をしらべました.下の図は,その2つの場合を表したものです.テニスマシンから投射されたボールを打っていますので,それぞれの上の図の三角はボールマシンからボールが投射された時点を表しています.そして,それぞれ下の図は,肩と腰の角度を上下左右にとり,ボールマシンからボールが投射されてから,次のボールが投射されるまでの動きを円筒空間の軌道としてあらわしたものです.周期入力の場合には,フォアハンドとバックハンドの異なる2つの軌道の束が見て取れます.これがそれぞれの入力に対応したアトラクタと考えられます.切替入力の場合には,この2つの入力(右のフォアハンドか左のバックハンドか)に対応して円筒空間内の軌道がばらついているのがわかるでしょう.

周期入力の場合
切替入力の場合

円筒空間内での軌道だけではよくわからないので,上の図の円筒空間のグレーの面(ポアンカレ断面と呼びます)に着目します.一番上が,周期入力の場合で,赤三角がフォアハンド,青三角がバックハンドを表しています.二番目が切替入力の場合で,上と同じように赤はフォアハンド,青はバックハンドを表していますが,その中でも一つ前の入力がフォアハンドかバックハンドかの2種類に分けてあります.前の入力が今の入力と同じ場合には塗りつぶしてあり,前の入力が今の入力と異なる場合には白抜きにしてあります.周期入力の場合と比べて,三角が外に広がっているのがわかるでしょうか.一番下は二番目のものを等確率楕円で表したものです.すると,5名とも上から順に,BF, FF, BB. FBの順番に並んでいることがわかります.これは何を意味しているのでしょうか.

実は,この並びはある規則性を表しています.それが下の有名なフラクタル図形であるカントール集合の時間発展と一致するのです.カントール集合というのは,一本の線分からスタートして,その線分を3等分し,真ん中の3分の1を取り除きます.残った線分に同じことを繰り返していくと,同じような形をした図形ができます(図の右半分の黒い線分).この同じような形をした図形を,フラクタル図形と呼びます.左が時間発展を表す図で,横軸が今の状態,縦軸が次の状態を表します.赤と青の●はそれぞれフォアハンドとバックハンドの入力に対応したアトラクタです.最初x0から出発して,入力がフォアハンドならば,フォアハンドのアトラクタを通る線(関数)にぶつかって左に行ったところが次の状態です.カントール図形ではx1のところに相当します.次にこのx1から出発して(横軸がx1にところ),もう一度入力がフォアハンドならばx2に行き着きます.カントール図形のx2のところです.しかし,2回目の入力がバックハンドならば青のアトラクタを通る線(関数)にぶつかるので青い点線の先のx2へ行き着きます.このようにすると,次から次へと行先を理論的に求めることができます.そして,右のカントール図形のx2を見てみると,上から順にBF, FF, BB, FBとなっています.これが上の図の並びと同じなのです.つまり,ランダムに左右に来るボールを打つという複雑に見える打動作ですが,身体の動きは誰がやっても同じように規則的にふるまうのです.これはテニスのグランドストロークが,私たちの体重を持った物体の回旋動作で慣性が働くためと考えられます.私たちの動きも意図的に動かしている部分は当然あるのですが,物体としての身体の慣性という力には勝てずに,規則性が見られるということでしょう.

(出典)Yamamoto, Y. & Gohara, K., Continuous hitting movements modeled from the perspective of dynamical systems with temporal input, Human Movement Science, 19, 341-371, 2000.

では,この慣性には逆らえない私たちの身体の特性を利用すれば,新たな練習方法が考えられないでしょうか.テニスなどの打動作の初心者は,いわゆる手打ちと呼ばれる上肢だけでラケットやバットを振るのが特徴です.下の図は,Wickstromという人が打動作の発達を調べたものです.この発達過程は,初心者から上級者への熟達にも共通します.まずは小さな子供や初心者は上肢優位性といって,上肢だけでボールを打とうとします.だんだん慣れてくると単体動作と呼ばれる段階になり,身体全体が一緒に回るという動作になります.そして最終的には,下肢から回旋が始まり最後に上肢やバットが回旋を始めるという開放パターンに至ります.テニスの初心者でも同じです.しかしながら,多くの場合には,まずはフォアハンドの練習からということでフォアハンドストロークの練習を繰り返し,ある程度フォアハンドストロークが打てるようになってからバックハンドストロークを練習することが多いのではないでしょうか.

Wickstrom, Developmental kinesiology: Maturation of basic motor patterns (1975) より

そこで,先ほどの体幹の回旋の慣性を利用する方法を考えました.つまり,下の図左のように,フォアハンドストローク,あるいはバックハンドストロークを反復する従来の練習方法では上から見ると振り子が半分しか振れていません.しかしながら,右の図のようにフォアハンドストロークとバックハンドストロークを交互に行った場合には,まさに振り子のように,大きく振れていくことが期待されます.つまり体幹の回旋慣性を利用するという方法です.

さて,結果はどうでしょうか.大学生の初心者の人に手伝ってもらい,5日間練習を繰り返してもらいました.最初と最後の日はみんな同じ練習をしたのですが,間の3日間は従来の練習方法だけをする群と,提案する練習方法だけをする群に分けました.そして,最初の日と最後の日には,フォアハンドストロークかバックハンドストロークかを反復するのをテストとして行いました.下の動画を見てください.

従来の練習方法だと,ジャージの横の線がよく見えますね.体幹の回旋が少なく,いわゆる手打ち(上肢優位性)の状態になっています.これは練習している本人が悪いのではなく,こうした練習をしているコーチが悪いのです.提案する練習方法の方を見てみましょう.

どうですか.最初の人は,フォアハンドストロークを,いわゆるオープンスタンスといわれる右足が前に出た形で打っていますね.二人目に人は華麗なステップを踏んでいます.体幹がよく回旋し,打球方向を向いていることがわかるかと思います.もちろん初心者ですからボールの行方が安定しないのは仕方がありません.しかしながら,少なくとも体幹の回旋といいうことに関しては,どちらがよいかはわかるでしょう.つまり,練習方法を少し変えるだけで,身体の動きは全く変わるのです.これは,私たちの全身運動では,自らの体重(自重)には逆らうことができないため,上手に付き合っていかなければならないこと,そしてそれをうまく利用すれば思っているよりも簡単に動きは獲得できる可能性があるということです.これを私は練習環境のデザインと呼んでいます.

(出典)Yamamoto, Y., An alternative approach to the acquisition of a complex motor skill : Multiple movement training on tennis strokes, International Journal of Sport and Health Science, 2, 169-179, 2004.

卓球

卓球のフラクタル次元