力学系理論,複雑系科学,自己組織化などでは要素間の相互作用を重視します.また,そのことは時間的変化,時間の流れを不可逆なものととらえます.つまり,ビデオの巻き戻しのようなものが成り立たないと考えるのです.下の図は,時間的に可逆な例の代表です.時計は多くの部品から成り立っていますが,熟練の職人はそれを分解し,再度組み立てることができるのです.つまり,何時間か前の状態に戻すことができるのです.こうしたシステムは込み入ったシステム(complicated system)と呼びます.

それに対して,下のような生態学的相互作用,食物連鎖のような相互作用は逆戻りできません.つまり時間的に不可逆で,これをアーサー・エディントンは時間の矢(time’s arrow)と呼びました.コップにお湯と水を同時にそそぐと,ぬるま湯になりますが,それを二度とお湯と水に分けることはできません.こうしたシステムが複雑系(complex system)です.我々ヒトは複雑系そのものです.今日の私と明日の私が全く同じではありませんし,昨日の私に帰ることもできません.

言いかえると,これは1+1が2ではなく,1+1が2以上になるシステムとも言えます.すべての部品が何で出来ているかがわかったとしても,全体の有する機能はそれぞれの部品の機能だけでは説明できないということです.古代ギリシャの哲学者のアリストテレスは,「全体は部分の総和以上である (The whole is greater than the sum of its parts)」と言いました.16世紀のイタリアの画家アルチンボルドは,さまざまないわゆるだまし絵と呼ばれる絵を描きました.中にはすべて野菜や果物で描かれた肖像画やすべて本で描かれた肖像画などがあります.あきらかに全体としての意味は,個々の部品の意味とは異なっています.このような考え方に基づいたものを複雑系科学と呼んでいます.

こうした複雑系という考え方は,ゲシュタルト心理学などとも通じるところがあります.ヴェルトハイマー,コフカ,ケーラーらが1800年代終わりから1900年代にかけて提唱したゲシュタルト心理学は,精神現象を個々の感覚の要素的集まりとする要素心理学に反対し,精神や意識を単なる要素の総和に解消されない形態(ゲシュタルト)としてみる見方です.下の図を見てください.左の図は何に見えるでしょうか.円?時計? では右の図はどうでしょうか.少なくとも円には見えませんね.12個の黒い円の配置が少し異なるだけなのですが,全体としてみた時には全く違って見えます.臨床心理学者のユングが言った布置(constellation)とも通じるものですね.

そしてこのゲシュタルト心理学は,ギブソンの生態心理学にも大きな影響を与えたもので,ギブソンの生態学的知覚論は,ゲシュタルト心理学の流れをくむものといえるでしょう.これらに共通するのは要素間の相互作用です.このように複雑系の時間発展を数学的にとらえるのが力学系理論といえます.