運動の学習にはフィードバック情報が重要になるとお話ししてきました.ではフィードバック情報にはどんなものがあるのでしょうか.大きく分けると下のように分類することができます.

  • 固有フィードバック:以下のように我々の内受容器・外受容器に基づくフィードバックで,自分一人で得られる情報です
    • 内在フィードバック:内受容器と呼ばれる筋や腱,関節の収縮などによって生じる感覚(筋運動感覚あるいは自己受容感覚とも呼ばれる)からのフィードバック
    • 外在フィードバック:外受容器と呼ばれる視覚,聴覚,触覚などからの得られる外界の刺激に関するフィードバック
  • 付加的フィードバック:他者から与えられる情報で,指導者や周囲の人からの言語的な指示,非言語的な情報(顔色や声の抑揚,ジャスチャーなど)です
    • 結果の知識(knowledge of results: KR):最終的な結果(例えば50メートルを走った時のタイムなど)に関する情報です
    • 遂行の知識(knowledge of performance: KP):運動中の様子(例えば50メートルを走っているときの腕の振り方など)に関する情報です

本来,運動学習には固有フィードバックが重要で,特に内在フィードバックが重要な役割を果たすと考えられています.これは運動学習の閉回路理論やスキーマ理論のところで,やろうとした運動と実際の運動との誤差を知るために,運動の結果(例えば,投げたボールの距離や位置)ではなく,運動の過程(どうやって投げたか)を知るためには必須の情報です.よくゴルフなどで,ヘッドアップといって,ボールを打つ瞬間にボールを見ずに飛んでいくだろう方向へ先に顔が動いてしまうことがありますが,これは外在フィードバック(運動結果)を早く知りたいという気持ちの表れですね.しかしながら,大切なのは,運動の結果よりもその過程です.どのくらいの力でどのように動いたかということが,自分のやろうと思っていた運動と一致しているかどうかを知ることが上達の近道なのです.したがって,鏡の前で素振りをしたりするのは,視覚を用いて運動の過程をフィードバックしているのですね.これが外在フィードバックの使い方の一例です.特に内在フィードバックの情報がなかなか確かかどうかわからない場合もあります.そういったときに出番になるのが付加的フィードバックです.例えば,自分のフォームをビデオに撮影してみてみたら,自分の思っていた動きとは全く違っていたということはないでしょうか.内在フィードバックの情報が正確に処理されないと,フォームを修正していくことが難しい場合もあります.これが,いわゆる「変なクセ」がつく一因だとも考えられます.ただし,気をつけなければいけないのは,付加的フィードバックに依存してしまうと,内在フィードバックをうまく使えなくなってしまうことです.

また付加的フィードバックには,いわゆる結果の知識(knowledge of results: KR)と呼ばれるものと,遂行の知識(knowledge of performance: KP)に分けることもできます.学習の初期では,結果の知識が有効に働くのですが,ある程度上達するとこの結果の知識は有用な情報源にはならなくなります.そこで遂行の知識を与えられると,さらに上達する場合があります.下の図は,10kgの重りを足につけて,目の前にある目標点にできるだけ足を早く動かすという課題を行った時のものです.最初の2週間は動作時間だけを付加的フィードバックとして与え,その後計算によって求められた最適動作のための股関節と膝関節の変異を実際の動きと重ね合わせて付加的フィードバックとして与えた時のものです.つまり,前半は結果の知識を,後半は遂行の知識を与えたことになります.結果の知識だけでは成績が頭打ちになっていたのに,遂行の知識を与えられるとさらに上達したという例です.結果の知識だけでは情報量が少なく,何をどうのように修正していけばよいかがわからないため,遂行の知識が必要となってくるのです.もっとも,新し運動を始めた頃には,あまりに多くの情報はかえって処理しきれないので,簡単な結果の知識が有効になるということもあります.選手だけでなく,指導者が,今上達のために必要な情報は何かを知ることは上達のポイントといえるでしょう.

H. Hatze, Biomechanical aspects of a successful motion optimization, 1976 より

また,フィードバックのタイミングとして,運動後すぐにすべての情報を与えればよいかというとそうでもありません.下の図は,ボールを目標のところまで移動させる課題で,一日に20試行ずつ行いますが,要約フィードバック群というのはこの20試行すべてが終わってから結果の知識が与えられます.他方,即時フィードバック群では20試行の毎回結果がフィードバックされます.そして,両条件群というのは,毎回のフィードバックもあるし,20試行行った後にもフィードバックがあるということです.1日目は,すべての群で結果を教えてもらえません.2日目以降6日目までの5日間は3つの条件で学習させます.すると,即時フィードバック群と両条件群の正しい反応の割合が急激によくなっています.他方,要約フィードバック群の成績は徐々には向上していますが,他の2群よりは成績がよくありません.そして7日目以降10日目まで,そして37日後,93日後にも,結果を教えず同じ課題を行ってもらいます.どの程度覚えているかということで保持テストと呼びます.すると,少なくとも10日目までは,即時フィードバック群と両条件群が徐々に成績が低下していくのに対し,要約フィードバック群では低下は見られません.37日後,93に後になると3つの群はあまり違いがなくなりますが,少なくとも学習直後の数日間は要約フィードバック群の方が成績が良いということです.これは,学習時に毎回結果を伝えると,その時には成績は急上昇しますが,忘れるのも早いということで,要約フィードバック群のように情報がある意味不十分な方が保持に関しては優れていることを示しています.

J. J. Lavery, Retention of simple motor skills as a function of type of knowledge of results, Canadian Journal of Psychology, 1962 より

こうしたフィードバックの与え方や量に関しては,多くの研究がなされてきました.そこでの大方の結論は,フィードバックがすぐに毎回与えらえるような条件よりは,フィードバックの回数が少なく,量も少ない方が,かえって保持には効果的であるということです.これを実際の運動を学習する場面で考えると,指導者の方も,学習者の方も早く上手になりたいために,フィードバックをたくさん与えたいし,たくさんもらいたいと思うでしょう.事実その時には,そのフィードバックの効果はあって,うまくできるようにはなるでしょう.しかしながら,そのフィードバックがなくなったら,途端にうまくいかなくなるということです.よく指導者の方が,「うちの選手は練習ではできていることが試合ではできなくて困る」といわれますが,それは練習の時にはフィードバックを与えることができるのが,試合ではフィードバックを与えることができなくなるためではないでしょうか.

確かに運動の学習にはフィードバック情報が欠かせません.しかしながら,冒頭でも述べたように,重要なのは固有フィードバック,特に内在フィードバックです.指導者の方の助言やアドバイスは,あくまで付加的なフィードバックです.この付加的フィードバックが多くなりすぎると,学習者は自らの固有フィードバックに頼らなくなってしまい,付加的フィードバックに依存してしまうのです.昔は,地図を開いて目的地を探し,周りの風景から道を覚えていた人が,カーナビができて目的地を入力するとどこへでも行けるようになってしまうと便利ではありますが,一旦カーナビがなくなるとさっぱり道がわからなくなるということです.上の図にもあるように,フィードバック情報,特に付加的フィードバック情報を多く与えるとその時の上達は早いかもしれません.でも本当の意味で「身に付いた」とは言えないのです.付加的フィードバックは,諸刃の剣です.指導者の方は,試合で練習でできていたことができるように,練習ではじっくり待つことが重要になってくるでしょう.