健常者のスポーツでは,視覚からの情報が大きなウエイトを占めています.例えば,元Jリーガーがブラインドサッカーに挑戦すると,ブラインドサッカーの選手がこともなげに行なっているドリブルすら思うようにできません.これは,我々が運動を行う時に,意識的にしろ意識的ではないにしろ,視覚からの情報に頼っているのです.このことはこれまでにもお話ししてきました(#01).視覚を支える感覚器官は眼です.したがって,この眼の機能が視覚情報の質や量に関わることによって,運動に大きな影響を及ぼすと考えられるのです.

では,視覚(視知覚ともいいます)について見ていきましょう.

  • 中心視と周辺視
    • 中心視 (central vision):網膜上の中心窩と呼ばれる部分で対象を捉えるもので,いわゆる注視点と呼ばれるものです.中心窩には錐体細胞と呼ばれる視細胞が集中しており,感度は低いのですが,色(波長)の知覚の中心的役割を担います.視角にして2〜3度で,親指を立てて手を前に伸ばした時に親指で隠れるぐらいの範囲でとらえるものです.
    • 周辺視 (peripheral vision):網膜上の中心窩以外で周辺視野と呼ばれる部分で対象を捉えるもので,周辺視野には桿体細胞と呼ばれる視細胞が多く,色の検知はできないが感度が高く,暗いところでの視知覚にはこの桿体細胞が働きます.特に,動く対象に対しての感度が高く,動いた対象が何であるかは分からないが動いたことはわかるため,その対象に中心視で何かを見に行くのです.「あれっ,何?」と振り向いたりするのはこうした動きです.バスケットボールやサッカーなど侵入型の集団スポーツでは,周辺視野の広さが有利になると言われますが,実際には計測される周辺視野だけでなく,ボールを受ける前のいわゆる「首振り」などで事前に色々な周囲の情報を得ている考えられています.
  • 視力
    • 静止視力 (Static visual acuity: SVA):ランドルト氏環(大小さまざまなCの字が色々な方向を向いてその方向を答える)などを用いて測定される視力で,中心視で静止した対象をとらえる視力です.
    • 動体視力 (Dynamic visual acuity: DVA):例えばランドルト氏環を左右に色々な速度で動かしながらその方向を答えるなどして,動く対象をとらえる視力です.
  • 眼球運動
    • 滑動 (smooth pursuit):移動する物体から視線を外さず追従する運動で,50度/秒ぐらいの速度で追従することができます.
    • サッカード (saccade):滑動運動での追従が難しくなると,眼球はサッカードと呼ばれる急速跳躍運動になります.つまり,ある対象から別の対象へと中心視が飛ぶように動きます.このサッケード中には,脳が視野内の情報を処理して混乱しないように,網膜上に映る情報が処理されないように,つまり見えないようになっています.したがって,サッカード中には見落としが生じ,これが審判の誤審(周りからは見えていると思われても,審判自身には見えないで見落とす)の原因となることもあります.
    • 前庭動眼 (vestibulo-ocular):頭を回しても視野がブレないようにする仕組みで,頭の回転などの移動に伴い,中心視の方向を補正しています.この前庭動眼反射がなければ,歩くのも容易ではありません.頭の運動と視野が連動してしまうとすぐに酔ってしまいます.頭の動きは前庭器官で3次元での方向変化を検知していて,下の図のように眼球を動かす6つの筋と連動しているのです.
    • バーゼンス・輻輳 (vergence):見ている対象の奥行きに合わせて,輻輳角を調節する眼球運動で,左右の眼球が逆方向に動きます.いわゆる寄り目のような動きです.飛んでくるボールを追従するにはこの奥行き方向の追従に使われます.
  • 両眼融合 (binocular fusion)
    • 3Dの立体視などにも用いられている働きですが,左右の眼に異なる情報を入力すると,脳は2つの眼から入ってきた情報を統合します.その結果それぞれの画像は平面であっても,立体的に見えるのです.簡単な実験としては,手鏡を鼻に当て,例えば右目には白い紙が見えるように,そして左目には鏡を通して赤い紙が見えるようにすれば,白と赤が混じってピンク色が見えます.やってみてください.
「肉単」NTS,2004より

スポーツビジョン研究会では,スポーツに行うに当たって重要な視知覚機能として,以下の8つを上げています(真下編「スポーツビジョン第2版」NAP, 1997).いわゆる視力測定で測定するのが静止視力ですが,この静止視力と動体視力にはあまり関係がないといわれています.ただ,静止視力が裸眼で0.7未満になるとすべての視知覚機能に悪影響を及ぼすようで,中高生が仮性近視などになって急激に視力が低下すると,それまでできていた運動が上手くできなくなる場合もあります.そういった時には,静止視力の低下を疑ってみてください.矯正すれば前の動きができるようになるはずです.ただし,眼球運動は,上の図のように6つの筋で動いていますので,筋力トレーニングを怠ると,つまり眼球を動かすことが少なくなると,いろいろな視知覚機能の低下が考えられます.

  • 静止視力 (SVA: static visual acuity):どこまで小さな視標にピントが合うか(視力測定)
  • 近接動体視力 (KVA: kinetic visual acuity):近づいてくる物体を正確に見るときの視力
  • 横方向動体視力 (DVA: dynamic visual acuity):左右に動く物体を正確に見るときの視力
  • 瞬間視 (VRT: visual reaction time):0.5秒以下の短い時間呈示された物体を見る能力
  • 深視力 (DP: depth perception):奥行きに関して正確に見る能力
  • 眼と手の協応動作 (E/H: eye hand coordination):目で物体を追いかけた時に同時に手をその物体のところへ移動させる能力
  • 眼球運動 (OMS: ocular motor skill):どのくらい眼球を自由に動かすことができるかという能力
  • コントラスト感度 (CS: contrast sensitivity):白黒の微妙なコントラストを見極める能力

そしてこれらのスポーツビジョンを鍛えるためのトレーニングとして,以下のようなものがあげられています.いくつかは動画にしましたので見てみてください[LINK].

  • 眼球運動
    • 左右フォーカシング/10本指フォーカシング
  • 焦点運動(深視力)
    • トロンボーントレーニング
  • 動体視力
    • 文字読みキャッチボール/ナンバー読み
  • 深視力/周辺視
    • 空中ボール当て/2個コップ指し
  • 眼と手の協応動作/瞬間視
    • ジャグリング/両手ボールつき

昔,有名なプロ野球選手は,移動中の列車の中で,必ず窓側に座り,窓越しに通り過ぎる電柱に指でタイミングを合わせていたそうです.今の新幹線のように時速300キロ近くで走ると到底できないかもしれませんが,昔の特急列車でもずいぶん速く,普通の人ではなかなか次々と通り過ぎる電柱を目で追い,タイミングを合わせることは至難の業だったでしょう.また,イチロー選手が行っていた,バットを立てて構えるルーティンは,眼の深視力や輻輳運動の眼のウォーミングアップを意識してたのかもしれません.やはり,スポーツ選手は眼が勝負といえるかもしれません.